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ストレス撃退の法則
 ・ストレスの正体
 ・曖昧さを捨てる
 ・考えても仕方の無い事
 ・人間関係円滑の最大ポイント

家族の絆
 ・元気の基盤
 ・共通の空間・体験
 ・男女共同参画
 ・家族で家を建てる!

会社を作る
 ・学歴社会にサヨナラ
 ・仕事の選び方
 ・起業の準備
 ・事業は前進あるのみ

女性支援
 ・貴女は貴女らしく
 ・ママって大切な仕事
 ・自分作り・自己表現
 ・元気は自分で作るんだ

ママ支援
(バァちゃんから子育ての提案)
 ・妊娠中の過ごし方
 ・夜泣きの癖を付けない方法
 ・赤ちゃんとお話しをする
 ・おもちゃと愛情の勘違い
 ・家事は手早く片付けましょう
 ・怒りすぎないママになる
 ・子供を危険から守る
 ・情操教育の即効薬
 ・小さな事でも誉めてあげよう
 ・構いすぎてはいけません
 ・小さな人格を認めてあげよう
 ・叱り方のポイント
 ・子供を育てるという事
 ・教育方針に自信をもとう
 ・もしも育児に悩んだら…

暮らしの重要情報
 ・社保庁問題
 ・行政の重要情報
 ・健康保険料減免制度
 ・国保の優遇制度
 ・年金一元化の課題

 現代社会は、ストレスの温床と云うべく、規制や制約、営業ノルマ、物価高騰、所得減少、人間関係等、外的な抑圧に押しつぶされそうになり、ウツなどの精神疾患に悩む人口が増加の一途をたどっている様に思います。
 そうした社会にあって、私たちが日常的に意識しておかなければいけない事は『人間は独りで生きていない』という事なのです。私たちは好むと好まざるとに関わらず、他者との共存の中で集団社会を築いて生きています。昔の人は、うまく表現しました『十人十色』、十人居れば十通りの考え方、百人居れば百通りの感じ方があり、絶対と断言しても良いほど…全ての事象に当てはめて、同一意見は無いと言えるのです。ならば、貴方は貴方、私は私で生きる事が可能かと問われると否なのです。日常の身辺の世話、学業の伝授、仕事と様々な所で、様々な人たちとの接触を避ける事は不可能だといえます。私たちは日常のほんの小さな一瞬の中にも他者との接触を避ける事は出来ません。
 他者の眼が気に掛かりますか? もちろん身近に接触する人の眼や自分への評価に、気に掛からないと言えば嘘になります。良い評価を貰った時は嬉しくなるのですが、多少とも批判がましい表現が出ると落ち込んでしまいます。折々の他者の眼や評価が抑圧となって心理的な負荷を伴うのです。一人一人が異なった感覚で物事を捉え、異なった思考で心理的、精神的負荷に対峙します。その負荷がストレスの正体であり、対処の善し悪しに基準はありません。
 人間は機械ではなく感情を持っています。意に添わぬ事を押付けられると、心理的な負荷となって精神に弊害を与えます。どちらかと云うとかなりプラス思考の自信を持つ私でも大きな負荷を抱えて、膵臓肥大にもなり、パニック障害を発症させました。プラス思考が必ずしも即効的なストレスの対峙に良好とは言いきれないのかもしれません。
 住みよい環境、生きよい環境に自分をおく事で、精神的負荷が少なくなる…ということはあると思いますが、精神力というのは、その負荷から逃がして遠ざけると…一時的には回復しても、類似事象にまた再燃するものだと思いますし、現代社会の外的抑圧、心理的負荷に負けない精神的体力を鍛える事が、最優先課題なのだと思います。

 日本人の国民性なのか、議論をする事が得意ではなく好まない様に思います。だから『イエス』『ノー』を伝える習慣が身につかないのです。重いと感ずる心理的負荷に対して『ノー』が伝えられたら、対象となる相手が正しく理解し受諾されたらどんなに楽でしょう。自分の意志を相手に伝え、相手の考えを聴き、再考して意思を伝える。このディスカッションが重要なのです。やるせない鬱憤を溜め込んで、陰口を叩いても始まらず、何も変わりません。自分の中に負荷を増幅させるだけなのです。ストレスを作らない、貯めない為には、直接、相手に話しかけてみる事です。議論になっても良いではありませんか、遺恨を残さない所まで話し込めば良いだけなのです。
 確たる議論をする為には、まず人の意見を傾聴する事と自分の考え方に自信を持つ事からスタートです。世の中で何が正しいのかと言うと、公序良俗に基づき、何処へ出ても非の無い状態『清く正しく美しく』と宝塚歌劇を創設した小林一三氏(逸翁)の遺訓の様に、いつまでも色あせない価値観を基準において、思考のパターンを作れば良いのではないかと思います。その上に人生経験によって培われた知識がプラスされ、更なる思考が磨かれて、建設的な意見が出てくる様になります。人の意見を聞いてから、さらに考える習慣をつける訳です。
 何事に対しても指示されて動くのではなく、何が必要か、なぜそれが必要なのか、どうすれば効率が良くなるのかなどと自問自答し、創意工夫して改善する事も必要でしょうし、熟練者も新参者も膝を交え、意見交換して建設的に相乗効果をあげる事も必要なのです。長年の慣習に縛られず、新たな視点で物事を見極める勇断も重要です。目先の利益にとらわれず、倫理感を失わずに論理的視野でグローバルに考え、議論を重ねた結果の決定には皆が一丸となって取り組めるでしょう。押しつけではなく、自発的な動きの中には迷いが無く、曖昧ささえも消えています。
 曖昧な日本人は、此処と言う本番で発言をせず、結果、陰口を叩いてどんどんストレスを増幅させるという悪循環を自分自身で作っているのです。ちょっと勇気を出して、話してみましょう。あなたの気持ちやあなたの意思を、ストレスを押付けてくると思うお相手に直接話すのです。今よりずっとスッキリして楽になる事でしょう。

 思考というのはとても素晴らしいもので、考えれば考えるほど知識も豊富になり、また新たな興味が沸いてきます。小学校の頃、教科書に『人間は考える葦である』というパスカルの言葉が載っていました。人間の進化と共に学んだ気がしますが、二足歩行をし、火を使い、道具を作り使いこなし、言葉を話す、その進化の過程を思いめぐらし、『確かに、考えて意思を伝えられるのは人間だけである…』と感動したことを記憶しています。知識欲と云われる様に、人間は本能として興味のある事に夢中になり、考えようとするものだと言えるのでしょう。

 『人間はね、考えれば考えるほど賢くなるし、良い考えがどんどん沸いてくるものなんだ。だからどんな事でも充分に時間をかけて考えれば良い。しかしね、考えても仕方の無い事が世の中に一つだけある。それは、自分以外の人間が関わる事なんだ。家族であっても親子であっても、自分以外の他者が関わる事は、どんなに考えても答えが出ないんだよ。君が何を考えてても相手には伝わらない。相手が何を考えてるか君には見えないし、解らない。人間関係って云うのはそういうものなんだ。だから他が関わる事は考えても仕方が無い、ならば考えない。それ以外の事は何でも良いから、沢山考えなさい。』笑顔でおっしゃったこの言葉は、むかし離婚騒動で精神的にも経済的にも窮地に立ちストレスから膵臓肥大になった時…即入院を勧告した林医師から教わりました。京都府下の城陽駅のすぐ傍にあった林内科の院長であった初老の先生は、穏やかにお話しになるので説得力があり、今なお私の人生への教訓として心に刻んでおります。

 ストレスは日本語で心理的負荷、精神的負荷、と書かれます。『負荷』という字に、確かに自分が荷を背負う状態を連想し納得します。精神科医と対話をしても、心療科でカウンセリングを受けても、他者から見えない心の動き、感情の起伏を、コントロールするのは自分なのだと思います。ストレスの中には逃げ切れない、避けきれないものも含まれます。しかし最小限の努力で、最大限に自分の精神の健康を維持しようと思えば『考えても仕方の無い事は考えない』というのは、究極の教えの様な気がしています。

 今、人間付き合いに疲れている人がたくさんいるんですよね。対人にどう声かけていいか判らずに、独りで悩んでしまう人がたくさんいます。知人がたくさんいれば、その人達の頭の中にある情報は全部自分の中に吸収できる。つまり知人はブレーン=脳なのだと思えば、人付き合いの重要な事はよく解るんだけれど、行き違いが生じたりして、気持ちが伝わらずに凹んむと、それをカバーする努力も放棄してしまう、それでは改善しないのです。

 そこで、私は考えるのですが、何故行き違いが生じるか…というと、人は皆、某かのこだわりを持っていたり、自分の主張に固持したりします。自分も同様に、人は皆…頑固なものだと認識しましょう。相手の考えや主張を理解する為には、まず傾聴する事です。その上で、自分の考えを話す、人の言葉を借りずに自分の言葉で、責任が生ずる事を承知で話しましょう。
 それと大切な事は、やたらと人の批判をしない事です。だれでも批判がましいことは聴きたくはないものですし、よほど相手との距離が縮まって、互いが理解しあえて初めて伝わる事なんだと思います。顔を見知って間がないのに、また、近隣やネット社会の中で相互が顔を現わさないで、相手の内面まで知りもしないのに、有る一面を捕えて総合評価に結びつけて批判するのは間違いだという事に気付きましょう。人間は誰でも色んな面を持っています。長所も短所も含めて一人の人間なのです。色んな面をたくさん持つほどに、角が優しくなって球体に近くなります。

 昔、紀元前の古代ギリシャで、プラトンが正多面体で出来る立体を5個考えました。その後にアルキメデスがそれぞれの角を落として切頭多面体など複数の平面体で形成される13個の立体を考えました。サッカーボールはその中の一つ、六角形が20個と五角形が12個の32面体なんですよね。限りなく球体に近づきボールになっています。人間も一緒なんだよね…と思います。人は個々に様々な側面を持って形成されている。有る一面だけで人間を評価しちゃダメなのです。古代ギリシャではプラトンの多面体から数学、天文学、光学へと思考は発展してきました。それと同時に、思想家でもあった彼らによって、修辞学、倫理学、哲学へと発展をさせ、現代の裁判制度にまで余韻を残しています。

 遥か2500年も前のギリシャに自分を律するという観念があった事は、今更に私たちが学ぶべきものを大きな遺産として残してくれています。個々の存在を大切にするという事は、自分の存在感を得る事に繋がります。人生を楽しく大切に生きたいと…誰もが願っている事を理解して、他者を認める事が大事なのだと思います。